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七日町地蔵尊について


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七日町地蔵尊
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おすすめポイント
かつてここには「吉祥院」というお寺があったと言われています。

この吉祥院は、同じ会津若松市内に現在でも残る真言宗「自在院」(福島県会津若松市相生町2-18)の末寺として建立されました。
吉祥院は、1601年(慶長6年)に越後の僧であった弘信によって開かれ、山号は「長命山」でした。
吉祥院の本尊は地蔵菩薩で、現在でも子供の健やかな成長を願う子守地蔵尊として知られています。

吉祥院の様子は、当時の絵図にも描かれています。
町絵師であった大須賀清光が、1851年以降に描いた「若松城下絵図屏風」(福島県立博物館蔵)には、七日町通り近辺に吉祥院と現在も残る地蔵尊の様子を見ることができます。

会津若松城下絵図屏風

現在も残る地蔵堂には、51.5cmと45.5cmの地蔵が2体安置されています。
これらの像は吉祥院の西にあった堂内から移されたものとも言われています。


時代が下り、1916年(大正5年)に発行された古地図「戊辰若松城下明細図」(加藤長四郎)にも吉祥院の名前が残っています。
また、そこには「言」の文字があり、真言宗であることも分かります。

戊辰若松城下明細図 加藤長四郎

長い時の移り変わりを見守ってきた吉祥院地蔵尊。
現代の人々がその前に立つ時、それらの人々も長い時の一部となるのです。


現在の地蔵尊敷地内には、松尾芭蕉の「鶯や柳のうしろ藪の前」という俳句が刻まれている句碑が残っています。
いつ・誰が句碑を建てたのかは不明ですが、「鶯の声があちこちから聞こえる・・柳のうしろからも藪の前からも」というのどかな風景を想像させるのではないでしょうか。
句碑は土台を除くと約60cmほどの大きさです。しかし、なんともいえない渋さと重厚感を醸し出しています。
句碑には亀裂の補修跡もみられますが、それだけ大切にされてきたのでしょう。

松尾芭蕉句碑

松尾芭蕉の句碑はこの近辺にも幾つか見ることができます。
西福寺前(福島県会津若松市西七日町3-34)や、阿弥陀寺境内(福島県会津若松市七日町4-20)にある句碑もぜひどうぞ。

地蔵尊前の案内板もご覧ください。この場所は「七福神めぐり」スポットの一つになっています。

地蔵尊前の案内板

地蔵尊に掲げられた額


アクセスマップ
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駐車場

定休日
なし (全店舗の定休日を見る)
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